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「アルツも?それはいいですねぇ」
優しい微笑みを向けた初老の女性。名前はルディエラだ。
「じゃ、行っていいのか?」
「勿論。村長の私が言うんですから」
「よかったなぁアルツ!楽しい三人旅になりそうだぜ!」
ルディエラの返事を待たずにロードが抱き着いてきた。隣のティリエは呆れ顔だが、どこかほっとしていた。
ルディエラはこの村の女村長。優しい貴婦人だがしっかりしていて、他の地域とのやり取り、村の情報管理や整理は全てルディエラと息子のミュージの仕事だ。人望も厚いから、村人からの信頼も大きい。
ルディエラはイスにもたれていた背を起こし、少し真面目な顔を作る。古い暖炉の薪がぱち、と音を立てた。
「それはそうとティリエ、本題に入りますよ」
「ええ」
ティリエも膝に手をおいてしっかり座る。俺もつられて背筋を伸ばした。
「ハレムは知っていますね?」
「毎年通る、首都までの最短の道沿いにある村ね」
「その通り。…実は今回、その付近を通れなくなってしまったんです」
「どういうこと?」
ティリエが尋ねると、ルディエラは沈んだ顔で答えた。
「ちょっとした民族対立ですよ。山のふもとで暮らすハレムの人々はクワハ族と共生していましたが…ほら、ハレムは最近直接支配地域になったでしょう?それで政府の介入もあって、誇り高きクワハ族は心を閉ざしてしまいました。山を抜けるただ一つの道も封鎖されてしまった」
「政府はどうしてるの?」
「動きません。動いた時には、きっと紛争が始まります」
紛争、ティリエが俯いて繰り返す。広いだけあって、この国は随分沢山の問題を抱えているみたいだ。
「で、どうするんだ?別の道を行くのか?」
シリアスな雰囲気を壊してロードが尋ねる。いいぞ、空気が読めないのがお前の長所だ。
ルディエラの顔にも再び笑みが浮かぶ。
「そうなりますねぇ。でもその道はあなたたちの通ったことのないルートになりますから、大変な旅になりますよ」
「大丈夫、任せて」
「頼りにしていますよティリエ。ロードも、アルツも」
ルディエラはそう言うと、俺に向かってウィンクした。
「がっかりさせたくないから、あんまり期待しないでくれよ」
「できますよ、あなたなら。私達が会ったのも何かの縁。どうかティリエに力を貸してやってください」
ルディエラは微笑み、俺の手を握った。
本当に優しい人だ。
見ず知らずの俺を村に留めてくれて、他の村人と何の変わりもなく接してくれる。この人在りにしてイラニドロ在りだ。
俺は心からルディエラに感謝してたし、ルディエラの役に立ちたいとも思っていた。
「光栄だよ」
そう答える俺を、ティリエは静かに見ていた。
昼食をご馳走になってから、俺達は村長の家をあとにした。
畑沿いを歩きながらロードが大きく伸びをする。
「さぁて、俺は支度をしてくるかな」
「知らない道を歩くんだから、念入りにしなさいよ?」
「わかってる。まあ、俺はこれ一本ありゃどこでも生きていけるけどな」
「そうよね。私が馬鹿だったわ」
自慢げにハーベストを抜くロードを置いて、ティリエはぶつぶつと必要なものの確認を始めた。
実際、俺も食料とシゼと火打石ぐらいしか思いつかなかったってのは内緒だ。
火打石といえば、自分でもクルーガの対処は随分上手くなったと思う。なんせ森に入って奴らに遇わなかったのは昨日が初めてなんだ。これだけ遇えば子供だって覚えるさ。
ガルグの加治屋に向きを変えて歩いていくロードと別れて、俺達は家に戻った。
ドアに手をかけて、ティリエがふと止まる。
「どうした?」
「ごめんなさい。押し付けだったわ」
「何が?」
「一人で冷静に考えたの。あなたの意見をまるで聞いてなかったなって」
振り返ったティリエは、珍しく申し訳なさそうな顔をしていた。
どうしたんだ?ティリエらしくない。
「まるで俺が行きたくないみたいな言い方だな。別に押し付けられたなんて思ってないぜ?そうやって驀進するのもティリエの個性なんだ。謝るなよ」
「…驀進で悪かったわね」
「いやいや怒るなって。とにかく俺のことは気にするなよ。その代わり、俺達は道なんてわからないから、ティリエが地図になってくれよ?」
俺は親指を立てて、欝陶しい程に爽やかに笑って見せた。
すると初めてティリエが、ふっと口元を上げた。
「いいわ。よろしく、アルツ」
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